俺とレンタルビデオ

「映画を見る理由は何だ?」と問われれば、「そんなもん暇だからに決まってるじゃない」と答えてきたのだが、思えば今も昔も相当に暇であった。

他にも暇を潰す方法があったのだろうが、俺には映画見るくらいしかなかったのだった。
というのも、俺の育った街は、ファイナルファイトで言うハガ―不在の超犯罪都市メトロシティばりの治安の悪さだったからだ。

↑田舎の様子

超がつくほどの港町のド田舎。
都会に比べてエンタメなんてもんはない。
やることと言ったら、もう気まぐれに人を殴るくらいしかない。
小さい頃から近所のドブ川で捕まえた蛙を爆破したり、トンボの羽を千切ってカマキリに食わすなどのエンターテインメントしかないので、自ずと物心つけば対象は人になるのも無理のない話であった。
外を三歩歩けばヤンキーか酔っ払い、日雇い労働者の喧嘩に遭遇、オーディエンスとして見る分には楽しいが、下手したら自分すら面白半分に殴られたりするのである。
正直、俺のようなポテトボーイには生きた心地はしなかったのは言うまでもない。
そうなると家で麦茶でも飲んで映画を観ている壁を眺めてニヤニヤした方が、外に出るより安全なのだった。

という訳で、前者を速攻選んだ俺は、小中高、せっせと親の会員証を握りしめ、近所のレンタル店に通っていた。
当時は今のようにネット配信なぞという気の利いたもんは世の中にはなく、当時、流通していたのはVHSと呼ばれるビデオ。
しかも作品情報は裏表紙のあらすじ及びビジュアルのみ
前評判など知る由もない。

ほとんどパネルだけ信じて風俗に入るようなもんであった。

当時は1週間600円、新作900円と高額なのもあり、とりあえず「裏表紙が爆発してれば元は取れるだろう!」と己の直感のみでレンタルする日々を送っていた。

↑俺の心をとらえて離さなかった、レッドスコルピオンの裏表紙にあった爆発シーン

しかし、この直感も絶対ではない。
期待していたにも関わらず何となく騙された気分になったり、あるいは期待していなかったものの意外と面白かったり、尻子玉を抜かれるほどツマらん映画なのもザラであった。
今になって思うとシュワルツェネッガーやジャッキー、スタローンの作品ばっか借りた理由は、ある程度の作品の質を担保されていたからもしれない。

当時、エロい映画を借りるにしても勇気がいる話であった。
露骨にエロそうなタイトル(ポイズン、ボディ、ヒートがつけば大体エロい)文芸大作で挟むなど小賢しい手を使っていたが、オマケで借りた文芸大作、あるいはエロい映画が案外面白かったりするのだった。
今になって思うと世の中の酸いも甘いもレンタル屋で学ばされた気がする。

他で学べよ!​​​​​
ともあれ、どんな映画であれ面白い部分はあるはずだ!
・・・と、貧乏性と言われればソレまでかも知れんが600円が無駄にならないように目を血走らせながら見ていた。
気が付けば「毒を食らわば皿まで」精神で、いつしか棚にある映画を、いくつまで見れるかに血道を上げるようになった。
他の同級生は部活やバイト、女にモテる努力をしているのを尻目にレンタル屋へ向かいチャリを走らせる日々。

・『コンエアー』の返却を店で6時間待ち
・『女コマンド―』という邦画を観てエロくもないしアクションもショボすぎて「金返せ」と一人でキレる。
・『フェイスオフ』を借りる為に仮病を使って学校を欠席
・エロ目的で借りた『ワイルドシングス』が意外とサスペンスとして面白かった
・誰も借りていない『子連れ狼』シリーズを試しに見て冥府魔道に痺れる
・哀川翔と竹内力の『DEAD OR ALIVE』を見て、それまでの映画の常識をブッ壊される
・何故かウェズリースナイプスの『アートオブウォー』が全然返却されずに気が付いたら店から消えていた

…などなど、枚挙したらキリがないが、青春というには余りにも灰色な青春であったのは間違いない。

邦画、洋画、新作、旧作…他の同級生は女を食い散らかしていたが、俺はジャンル問わず映画を食い散らかすように借りまくっていた。

気が付けば新入りの店員より作品のある場所を記憶。
足しげく通ったため、レンタル屋の店長がバイトに手を出して左遷されるなどの内部情報を店内で耳にするまでになった。
ていうか相当暇だったんだな!俺!!

という訳で、今回の話は、いかに俺が暇だったのかを露呈する結果になってしまった。

まあ、このサイト見てれば皆知ってるな!
だが人間、暇だとロクな事を考えないもんだ。
何なら人類最大の敵は暇だとすら思っている。
そういう意味でも、当時A級であろうがZ級であろうが「どうかと思うが面白い」と思わせて、暇をつぶしてくれた意味では感謝しかない。

 

今まで映画を見て、何か得るものはあったか?と言われればないよ!としか言えないが、唯一の文化的な何かに触れる場所だったのも事実である。
最近も「映画の見過ぎだよ!」と他人に言われるが「そうですね」としか返せない。
だが、 自分や他人の人生を一本の映画として置き換えて見た時、周りの人間が「終わってる」と言おうが、「どうかと思うけど面白い」思えるようになれた(なってしまった)のを考えると、案外無駄でもなかったのかもしれない。
何だか気の利いた事っぽいのを書けた気がするので今日は終了!ここで!!