10月16日で「エクスペンダブルズ」が日本で公開されてちょうど10年が経った。
「スタローンがジェイソン・ステイサムとジェット・リーと一緒に映画を作るらしい。シュワルツェネッガーとブルース・ウィリスも出るし、何ならドルフ・ラングレンとミッキー・ロークまで出るらしい。」
一緒に映画館でバイトをしていた友達から聞いても正直「こいつ酔っ払ってるのか?」と思った。
友達の事を信用していなかったわけではない。
今でこそ「アベンジャーズ」や「ワイルドスピード」シリーズなどで豪華キャストが終結する作品は当たり前だが、スタローンが他アクションスターと共演するという事は全くなく、特に既に単独で成功しているステイサムやジェット・リーと共演というのは教えてもらっても想像ができないくらい当時としてはありえないことだった。
それだけに映画館で「宣戦布告」と書かれたあのチラシを見た時、俺は初めて恋を知った少女のように頬を赤らめて体を震わせるしかなかった。
その日の夜「Expendable(消耗品)」という言葉を辞書で調べた。
警察も暴力団追放用のポスターにエクスペンダブルズを起用した。
屈強なエクスペンダブルズ達と共に「暴力追放」「地域力!!」「不当要求断固拒否!!」という文字が極太のゴシック体で踊るそのポスターこそ「暴力」そのものだった。
俺だけじゃなく日本自体もどうかしていたという事がよくわかるエピソードだ。
公開当日、俺はレイバンのサングラスをかけて、安物のタクティカルベストを着て映画館に行った。一緒に観る事になっていた友達は爆笑していた。
まだ、自動発券機はなく、受付で希望の座席を言ってチケットを購入するシステムだったので、俺は自分が出せる限りの低い声で
「万が一に備えて座席は脱出経路が確保しやすい入口近くの端にしてくれ」と頼んだのを覚えている。
受付のお姉さんは失笑していた。
典型的なイキリオタクの行動だ。ちなみに俺はこういう奴が大嫌いだ。
論理的に考えて単独では興行収入が厳しくなってきていた80~90年代のアクションスター達を招集、「往年のスターが集結」というノスタルジーで話題を集めて、当時を彷彿とさせるアクションを現代のテクノロジーで見せる事で一定数のヒットは見込めるし、うまくいけば各々のブランドが再評価・・・
と「ロッキー」「ランボー」を復活させることに成功していたスタローンなら勝算はあっただろうし、あれだけの数を集めたという点で人脈、企画力の賜物なのだが、
もちろん俺にそんな冷静さはこれっぽっちもなかった。
極度の興奮により「俺は今日からエクスペンダブルズになる」と人間として最低限必要な思考力を失っていた俺はレイバンのサングラスを外さず、居酒屋でスタローンばりに腕を組んでいたら知らない女の子グループがこっちを見て笑っていた。
その後、ひたすらエクスペンダブルズの話をして、終電を逃したのを覚えている。
この映画、すごいのはキャストの豪華さだけではない。
もはや「映画」というカテゴリーに当てはめるのも失礼かもしれない。
時間無制限焼肉パーティー(寿司、ピザ食べ放題付き)
高校の文化祭の打ち上げ(マクド~カラオケ。夜中に海辺を歩いてしんみりするまで込)
ゴールデンウィーク、盆休み、シルバーウィーク、クリスマス、お正月のメドレー
というべきか。
人に訪れる人生の「幸せ」を凝縮させたような破壊力があふれていた。
もし中学生の時に公開されていたら、俺は定職についていなかったかもしれない。
実際公開から10年経った今、当時の中学生なら社会人のはずだが、おそらくエクスペンダブルズにより人生をコースアウトさせられたガキはごまんといるはずだ。
この記事を書くにあたり観返したのだが(何十回目かわからない)、まずオープニングで「STALLONE・・・STATHAM」という風にキャストの名前が出るだけで笑いが起こる。
主演だけでなく監督と脚本もしているので「SYLVESTER STALLONE」については短時間に何度も表示される。
不自然なくらい平均年齢の高い傭兵だが、スタローン演じるバーニーロスはここぞという時はリボルバーの早撃ち、ステイサム演じるリークリスマスはナイフ投げと開始5分で「ファンタスティック・ビースト」よりファンタスティックなビーストっぷりが溢れている
油断してるといつの間にかジェット・リーがドルフと殴りあってる!!(「ユニバーサル・ソルジャー」を彷彿とさせるメンタルが不安定なドル。ドルだけじゃなく各キャストの過去の出演作やプライベートのエピソードを役柄に反映しているのがこのシリーズのおもしろいところ)
ミッキー・ロークにタトゥーを彫ってもらうスタローン。
メイクかと思えばガチのタトゥーだった。
「ランボー最後の戦場」で上半身裸にならなかったのは加齢ではなくこれが理由だった。
スタローン、ブルース・ウィリス、シュワルツェネッガーが揃った時、ティムバートンの「ビッグフィッシュ」よりもファンタジーだった。
ファンタジーは幻想じゃない、現実でも気合いも根性で作れるのだ。
この時点で映画のストーリーやロジックなんて必要ない。
軍用輸送機でやってきて「野鳥観察」と言い切る大胆さも、
延々スタローンに元カノの事をグチるステイサムも
「デスフライト」と言って地上にガソリンを撒き散らして火をつける事も
楽しい。
と書くと頭を使わず楽しめる映画のように思うだろう。
難解な映画を観て考察する事を楽しむ人もいるのはわかってる。そんな方にも「エクスペンダブルズ」を強く勧めたい。
中盤ミッキー・ロークが涙を流しながら話す過去のエピソードだが、スタローンに何を伝えたかったのか全く理解できない。
「テネット」は1回観て理解できたのだが、このミッキー・ロークの語りは何十回と観返しても意味がわからない
実際、スタローンも劇中で「こいつ何言ってるんだろう。適当に頷いておこう」といった表情になっている。
案の定、裏切るドルフを挟み、物語は終盤へ。
「作戦は飛びながら話す」とメンバーに支持するスタローンだが、その後の流れを考えると話すことはなかったのだろう。
ここに来て存在感を増すテリー・クルーズ。
嬉しそうにフルオートショットガンAA12と特製の弾丸を紹介する。(このショットガンは後半で大活躍する。独特の銃撃戦を聞くだけで笑いがこみ上げる)
ここからはひたすらエクスペンダブルズ祭
装弾数という概念はなくなり、気が向いた時だけマガジンチェンジすれば湯水の如く弾丸を放つ銃器達。
夜中に潜入した意味を完全にど忘れしている爆破攻撃。
夜空を彩る爆炎。吹っ飛ぶ血肉。
逃げようとするヘリに向かって爆弾を素手で投げるテリークルーズに、その爆弾に弾丸を打ち込み空中爆破させるスタローン。なんて美しいチームプレイなのか。
エクスペンダブルズが素晴らしいのはアクションだけじゃない。
「また会える?」とスタローンに聞く本作のヒロインであるサンドラ。
スタローンは「いつでも」と言ってキスしようとするが、躊躇し抱きしめて去る。
やせ我慢だったかもしれない。本音を言えばもう一泊して一回くらいエッチしたかったかもしれないが、麻薬により政治が腐敗した彼女の国を浄化(壊滅)させても、何も求めない。
男なら心にスタローン(スタローンインマイハート)を持て!!という作品からのメッセージだ。
その後のステイサムの「(サンドラの告白をうまく流して仲間たちと帰ろうとするスタローンに)好みじゃなかったんだろ?」と声をかけるくだりも最高にカッコいい。
良い年(スタローンは既に当時63歳!!)の男達が冗談を言いながら、仲間の店でナイフ投げで盛り上がる。自分たちの命を狙ったドルフも許して飲み会に参加させる心の広さ。(なお、シリーズを通してエンディングは飲み会だ!!ブレていない!!)
そして流れるThin Lizzy「The boys are back in town」
※日本版は長渕剛の主題歌も流れた。
公開当時俺は25歳。
まだまだ若さに満ち溢れていたが、徐々に現実を知りはじめた頃だった。
自分は特別な人間ではない。平凡な男だ。
そんな成長を通して諦めに近い感情を持つようになる中でエクスペンダブルズは映画というより「夢」を観させてくれたと思う。
ロッキーが「挑戦し続ける事」
ランボーが「うちのめされた者に力強く手を差し伸べてくれる」ものなら
エクスペンダブルズは「放課後は終わらない」事を教えてくれたと思う。
いくつになっても、夢見る頃を過ぎても楽しいことはある。
2,3とキャストがどんどん豪華になり、そして、どんどん映画ではなくなっていった。
気分がいい時、落ち込んだ時何度もブルーレイを再生した。
これからもエクスペンダブルズは「終わらない放課後」の扉を開いてくれる。
エクスペンダブルズにはスタローンが太鼓判を押すディレクターズカットもある。
約10分長い本編は編集し直され、「俺たちは亡霊」とスタローンの語りから入るオープニング
スタローンに延々彼女と別れた事を愚痴る割りと悩んでいるステイサム
戦闘シーンと同時に始まるヘビーメタル
と通常版以上にどうかしているのでこれも是非観て欲しい。