ノンフィクション「ド底辺バンドマン物語」第3回

33歳になった。ブルース・リーよりも長く生きた。

彼は伝説になったが、俺は何一つ成し遂げていない。
肉体もドラゴンどころかデブゴンになってきた。

久しぶりのシリーズ更新。
第3回は俺の若気の至りについて書こうと思う

前回のお話
第1回「意識が高いポンコツ」
http://bphbxxx.com/2017/07/30/teihen_bandman/
第2回「出口の見えない暗闇」
http://bphbxxx.com/2017/10/13/teihen_bandman2/

第3回「暴走する散財」

久しぶりのシリーズ更新。
第3回は俺の若気の至りのあまり最強に痛くなった経験について書こうと思う。音楽に限らず全てに言えるジャンルだ。

この映画界隈でもSNSを見ているとフィギュアやブルーレイをがんがん買う人がいる。一体数万円のフィギュアやスチールブックをたくさん持っている。

結婚してから自由に使える金が減った俺からすれば羨ましい限りだが、思い返してみて俺の23歳から27歳は「散財」という言葉では片付けられない程に金遣いが暴走していた。

バンド活動というものは金がかかるものだ。

スタジオ代、ライブ代、そして楽器代。バンドマンというのはある意味でオタクだ。ギター、アンプ、エフェクターといった機材、そして衣装が欲しくなる。

大学から本格的なバンド活動を始めた俺だが学生の頃の生活は質素だった。

質素というより労働意欲がなさ過ぎたのでバイトも週に2,3回しかせず、ダラけた時間を過ごしており楽器も安い物しか使わなかった。

ギターは高級品といえば毎月5,000円のローンで買った10万円のギブソン レスポールくらいで他はジャンク品を自分で修理したエピフォン レスポールやリサイクル店で4,500円で買って自分で改造したどこのメーカーかわからないストラトキャスター、貰い物のジャクソンランディVとかでエフェクターも数千円レベルのものと安物をうまく活用していた。

それから社会人になり、超文化系で敬語というものを一切知らない俺が超体育会系の会社に入ったものだから苦しんだ。

飯を上司より早く食わないといけないという謎のルールがあるので昼ごはんも落ち着かない。夜は飲み会ばかり。アルコールを受け付けない体質なのに無理矢理飲まされる・・・。

次第に病んでいき、土日は引きこもり気味になった結果・・・・

金は溜まる一方だった。

そんはある日。久しぶりに楽器屋に行った時の事。

ギブソンでも最高級品…レギュラーものとは違い全てが手作業のカスタムショップのレスポールの1959年リイシューが目に留まった。

2008年当時でも50万円するこのギターはいつも楽器屋の奥のガラスケースに飾られており、高校生の頃から憧れだった。一度だけ弾かせて欲しいと頼んだ事があったが相手にしてもらえなかった。

ずっと憧れていたなぁ…と遠い目をしていたら通帳に余裕で50万円以上ある事に気づく。ここ最近全く金を使っていなかった。土日に引きこもっていた事が功を奏した。

そういや会社の偉い人が言ってた。

「自分から行動しないとはじまらない」

「夢は見る物ではなく叶えるもの」

…俺は決心した。

銀行から金を下ろし、26万円をその場で払い、24万円は毎月2万円のローンにした。1年間2万円払い続ける事で何があっても会社を辞めないという自分への戒めを作るためでもあった。

高校生の頃の夢が叶った。今までのギターと音が全然違う。

絶対に買えないと思っていたものを手に入れた。ふさぎこんでいた俺だが久しぶりに達成感を味わった。

このレスポールは俺にとって「自発的に動けば人生は良くなる」ということを経験させてくれた。やがて一人暮らしを始める、新しいバンドを組むなどどんどんアクティブな人間になった。と同時に金銭感覚を麻痺させた。

基本的に良い音のするギターというのは20万円以上なのだが、50万のギターを手に入れた今となっては全てが手が届くように思えてくる。

高校生の頃、2番目に欲しかったギブソンのレスポールカスタム、もちろんオール手作業のカスタムショップ製の物だ。

新品50万円のギターが中古で25万円で売られている。

当時新しいバンドを組んだばかりの俺は「いつかギブソンから俺モデルが出るだろう。その時はこのギターを元にして作ってもらおう。」と2本目のカスタムショップ製レスポールを手に入れた。

楽器で5万円以下なら悩まない…2,3万のギターやエフェクターなら即購入。

金遣いを指摘される事があったが、「維持費は弦代だけ、車やバイクが趣味の奴よりマシだろ」と聞く耳を持たなかった。

やがて通う楽器屋も量販店から個人経営のマニアックなお店に変わる。

この自分が納得したものしか売らないというLAの職人が作ったテレキャスターはフェンダー以上にいい音だ。28万円か・・・安い!!

店長の態度も変わっていく。がんがん掘り出し物を出してくれる。

先ほどのテレキャスターを手に入れた頃、ついに店の奥からヴィンテージギターが出てきた。

1962年製、発売初年度のフェンダージャガー。俺より遥かに年上だ。

60年代そのものの音が出る。これぞサーフサウンド。

バンドで演奏しているジャンルがハードロックなのでジャガーの繊細な音なんて全く合わないのだが俺が出した答えは「俺の音楽性はこのギターじゃないと表現できない」だった。

ついに夢にも思っていなかったヴィンテージギターを手に入れた俺は調子に乗りついに衣装をオーダーメイドした。(豹柄のシャツで今も家に置いてあるが尋常じゃなくダサい。

その後も50年代のギブソン レスポールjrや60年代のアコギと順調に骨董品のようなヴィンテージギターを集めていき、最後はジョニー・デップが持っているものと同じ年式のギブソン レスポールスペシャルに行きついたのだが、ここで俺は重要な事に気づいた。

俺はジョニーデップじゃない。いつも観客が2,3人でライブハウスのノルマもクリア出来ないど底辺のバンドマンだ。ギターもうまくない(基礎練習をあまりしていなかったので伸び悩んでいた。)

いつのまにか外車が買えるくらいの金額を楽器に使っていた。

こんなに散財していても毎日コンビニ弁当と牛丼、一人暮らしのアパートは家賃5万円のワンルームとその他が質素な生活だった事もあり借金はしていなかったし、貯金もできていたのは良かった。

しかし全く音楽で人を感動させる事が出来ないくせに持っているものだけプロミュージシャン級・・・痛い。

バンド活動も行き詰ってきていたし何よりむなしかったので俺の散財生活は幕を閉じた。

 

もう二度とあんなに豪遊した日々は来ないだろう。

ただ後悔は全くしていないしむしろ良かったと思っている。

あの時に手に入れた楽器の大半は今もほとんど手元にあるのでたまに弾いては幸せな気持ちになれる。
例外として嫁から「付き合い始めた時は言えなかったけど全然似合ってないで。」と言われたギターは売ったりしたが、二束三文にならず高く売れたりした。

最近も昔買ったアンプを売ったらプレミアがついていたので、高校生の頃欲しかったマーシャルのアンプの頭金にするどころか売った金でそのまま買えることが出来た。

多少無理してでも欲しい物は手に入れるべきだと思う。

「欲しい物」がある事は苦しい事を頑張れる原動力になるし、達成感を味わえる。

身分不相応という言葉があるが自分で手に入れたのなら問題ないし、それを所有するに相応しい者になる努力をするきっかけになる。

もちろん、借金してまで買ったり、家に金をいれず家族を苦しませるのは絶対ダメだし、親に買ってもらうというのは論外だ。

音楽を辞めてからもモチベーション維持方法として「子供の頃、欲しかったものを手に入れる」という事を大切にしている。

小さなロボコップ人形で遊んでいた小学生の頃「もっとカッコいいロボコップがあれば」と思い続けていた。だから今ホットトイズを買っている。

欲しいものは手に入れた方が良い、ただし犬には気をつけろという事でこの話を終わりにしたい。

最初に触れた50万円のギブソンレスポール。ある日ドムがベロベロに舐めていた。

ドムは何故か俺が大切にしているものを優先的に破壊する。

中学生の頃におこづかいを貯めて買ったバンドの楽譜やマンガ。一生懸命リペイントしたフィギュア・・・・あいつには10万円近い貸しがある。

★ノンフィクション「ド底辺バンドマン物語」

第1回「意識が高いポンコツ」

第2回「出口の見えない暗闇」

第3回「暴走する散財」

第4回「インフィニティ・ドツボ」

第5回「エンドゲーム」